輝いてこそ技術 SINFONIA シンフォニアのあゆみ(創業1917年)

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日本の産業を支えた様々なモータ小形モータ編

日本の人絹産業をリードしたポットモータ

当社は鳥羽造船所の電機工場として1917(大正6)年にスタート、船や造船所内で使う電動機(モータ類)を製造していた。

当時、鳥羽造船所は鈴木商店の傘下にあり、鈴木商店は第一次世界大戦の造船需要などにより大いなる隆盛を誇っていた。大番頭・金子直吉は戦後の平和産業の柱として、最先端技術だった人絹(人造絹糸:パルプなどのセルロースを化学処理して作った再生繊維)を国産化することを構想して研究開発に積極投資し、帝国人造絹糸(現テイジン)を設立した。

だが、人絹製造のキーテクノロジーである高速回転のポットモータで行き詰まった。大手電機メーカーには軒並み「ポットモータの製造は技術的に無理だ」と断られ続けた。そのあげく、同じ鈴木商店のグループ企業である鳥羽造船所の電機工場で作れないかと声がかかったのだ。

当社創業者であり技術の父である小田嶋修三は同級生の鳥養京大電気科教授(のち京大総長)と相談、あえて挑戦することにした。鳥養教授は「大手メーカーと同じことをしても面白くない。だれもやっていないことやるべきだ」とベンチャー魂を説いたのだ。

大手各社が断ったのはモータを高速回転させる技術がなかったからだが、当社は交流の周波数を上げることで毎分5400回転という高速回転を達成、1920(大正9)年には開発品を納入した。しかし、高速回転させるとすぐに軸が曲がるなどの不具合が続出、納入先の帝人から「せめて半年もつようにしてほしい」とクレームが出る始末。

毎日毎夜電機工場で試行錯誤を続け、鳥養教授も足しげく鳥羽工場にきては開発に加わった。その甲斐もあって徐々に実用に耐える製品になっていった。

人絹製造に乗り出す企業が増えたこともあって1923(大正12)年には生産台数が1万台を突破、ピークの1934(昭和9)年には7万2860台ものポットモータを生産し、国内での圧倒的地位を占め、当社の企業としての基盤を築いたのである。

アウタロータモータがヒット

昭和30年代の高度成長期に入ると人絹の時代は去り、石炭や石油から作る化学繊維が活況を呈するようになる。こうした化学繊維では繊維を巻き取るモータの回転速度を正確に制御する必要がある。ポットモータで用いた誘導モータはすべりが生じて使えないので、スリップの生じにくい同期形の「インダクトロンモータ」(商品名)を開発。ところが同期形よりも効率のよい永久磁石形が海外メーカーから出てきたため、当社の「インダクトロンモータ」の需要は壊滅した。

あるとき、繊維メーカー新工場の立ち上げに際し、性能がよければ当社の製品を使うと声がかかり、鳥羽工場の総力をあげて2ヵ月で「パーマロンモータ」を開発。客先は性能に満足し、400台の発注がきた。こうして徐々にシェアを回復させている最中、さらに海外メーカーから永久磁石内蔵形モータ自体がローラになる独特な構造で外回転子形の高性能なアウタロータモータが出現し、繊維業界はそちらへの移行が始まった。しかし今度は当社も素早くアウタロータモータを開発しており、納入企業と二人三脚で切磋琢磨して製品を改良したために海外メーカーの性能をしのぐ製品となり、世界各国の繊維メーカーに採用された。

外側の厚みが9㎜で長さが1mというような細長い製品で、真円度・同心度に極めて高い精度が要求される。外形を研磨して寸法を計測してOKが出たら、さらに工場きっての熟練技術者が旋盤でバフ掛けしてピカピカに磨き上げていた。国内では当社のみが生産したこともあり、付加価値の高いヒット製品となり、世界各国の繊維メーカーに採用された。

このアウタロータモータには次のようなエピソードもある。ある国内繊維メーカーの技術者が、海外の優秀なモータを求めてフランスのD社に行った時に、「あなたたちは何を求めてはるばる海外まで来たのか?日本には素晴らしいアウタロータモータのメーカーがあるではないか」と教えられた。技術者は帰国後、そのメーカーを探した。それが当社のアウタロータモータだったのである。

熟練技能を継承

一方で、繊維機械用モータとは正反対の低速・高トルクの特性を持つ「高力密度(High Density)HDモータ」を開発している。「高力密度・HDモータ」は磁気回路を根本から見直した製品で、同じ大きさで過去の製品の2倍のトルクが出るというものだ。非常に大きな力を必要とする工作機械のターニングテーブルや液晶製造のターンテーブルに使われ、また、発塵しないことからクリーンルーム用の無人搬送車などにも広く使われている。300㎜のHDモータの場合0.2㎜、つまり片側0.1㎜の極端に狭いスリットに、マグネットを一枚一枚挿入する工程など、ち密な腕と根気と強い意志を要し、組み立て技術の粋が必要なものである。

小形モータは当社の鳥羽工場で製造されているが、いずれも熟練技術を要するものが少なくない。工場の中で超高度な技術を持った人は「宮大工」と呼ばれ、後輩から尊敬とあこがれをもって見られている。若手は次代の宮大工を目指して研鑽に励んでいる。

当社の小形モータのなかで一番生産数が多いのは、自動車のABS(アンチロックブレーキシステム)用のモータである。これは低コストでの大量生産が求められる製品であり、自動機による量産設計が徹底している。